この手を


 ブランドン家で喜多川さんを招いてディナーをした後、自分はマリーの部屋にいた。

 彼女と、こうして話すのはとても久しぶりな気がする。ここ最近は、彼女も避けていたから。

「こうして話すの、久しぶりな気がするわね」

「そうだね…」

 ベッドの上に腰掛けている彼女は変わらない。

 あの事件に巻き込まれたのだというのに、彼女はすぐに元気を取り戻していた。

「ふふ、おじさまと色んな事してきたんでしょう?」

「まあ……そうだね」

 歯切れ悪く言えばマリーはくすくすと笑う。

 喜多川さんは彼女に色々とラインで送り付けているから、何をしていたかとかは多少は知っているだろう。

「おじさまをいい子いい子してた時は何をしているのかと思っていたけれど」

「それはもう忘れてよ……」

「あんな声、私も聞いたことがないから」

 その言葉に耳が熱くなる。あんな失態を晒して本当に恥ずかしい。直ぐに酔ってしまうから、2つ以上のアルコールを飲みたくはなかったのに。

「ほら、立ってないで」

 ぽすぽすとマリーは自分の隣を叩いて自分を招く。

 少し躊躇した自分を察して、マリーは苦笑を浮かべる。

「座っていいのよ」

 いつから。

 いつからこんなにも自分は誰かの許可が無いと不安がってしまうようになってしまったのだろう。

 そっとマリーの隣に座りながらそう思う。

 ぽつ、と喜多川さんから言われた言葉が頭に浮かぶ。あの人が言ったのは。


 ずっと考えていた。

 裏切った自分は何故生きていて、罪のないあの友人が苦しみ、逝ってしまったのか。自分は自分がそうされたように、誰かの手を引っ張り上げることが出来なかった。


 なら、俺は何故生きているんだろう?


 ずっとずっと、考えていたら、いつの間にか顔が笑顔だけを浮かべるようになっていた。笑顔は総てを隠すから。

 でも、あの人がああ言うのなら。望んでもいいのだろうか。

「…………マリー、俺、生きてもいいのかな」

「当たり前じゃない。ドミニク、貴方はそう望んでもいいのよ」

 ぽつりと零した自分の言葉に即答する姉の声はとても優しい物で。

 とん、と背を叩かれたような気がした。

「いつから貴方は我慢する子になっちゃったのかしらね」

 苦笑を浮かべるマリーが両手を広げる。

 その腕の中に吸い込まれるように身体を収めれば柔く抱きしめられた。

「他人の幸せを望むんじゃなくて、あなた自身が幸せになって、ドミニク。おじさまはきっと貴方を見捨てたりしないわ」

「……そうかな」

「そうよ。もし見捨てたりしたら私が車椅子で攻撃するから」

「なにそれ」

 その言葉に小さく笑う。でもこの姉ならきっとやりかねないだろう。

「ドミニク、私の愛しい弟。私は貴方の幸せを願っているの。だから、貴方もその手を伸ばしたいなら伸ばすのよ」

「……」

「あの人なら大丈夫」

「……、…うん」

「私の事は気にしないで。私もちゃんと幸せを掴んでやるんだから!」

「マリーなら出来るよ」

「でしょう?」

 そう言って笑うマリーにつられて破顔する。

「久しぶりに一緒に寝ましょう?今晩くらい、ドミニクを独占してもおじさまは怒らないでしょう?」

「……、そうかな。…うん、そうしようか」

 こうやって一緒に寝るのはいつぶりだろうか。

 成人しても、時たま寝ていたから、最後に一緒に寝たのは確か。

 同じ羽毛布団にくるまりながら、隣の温かさに目を閉じる。

 今日はよく眠れそうな気がした。