その愛を人は毒と言う。


 チャイムの音が鳴り、顔を上げる。

 時間は日付を回るちょっと前だった。こんな時間に訪れる人間の心当たりは、一つだけあった。

 ずしりと重くなった心を抱えながら、インターホンの受話器をとる。

「帰れ」

「えー! 開口一番でそれはひどくないっスか!?」

 予想通り、扉の向こうに立つのは自身が嫌っている後輩だった。

 いつからだろうか、彼がこうやって、不定期に自分の家へと訪れるようになったのは。

 そして、その日は決まって必ず。

「…………」

 はあ、と溜息をついて玄関の扉を開ければ、そこにはにこにこと笑みを浮かべて待っているヨアンがあった。

 内心で帰ればよかったのに、と毒づいて中へと招く。

「先にシャワー浴びてこい」

「お、ノリノリじゃないっスか」

「るっさいテメーの身体がいっつも冷てーからだよ馬鹿」

 べしりと彼の尻を蹴りあげれば大袈裟に悲鳴を上げて酷いと嘆きながらもそそくさとシャワールームへと向かった。

 その背中を見た後、ベッドルームへと入る。

「………」

 ベッドに腰掛けて、深く息を吐いた。

 何故か相手を拒絶することが出来ない自分に嫌気がさす。

 シャワーを浴びた後で良かった。

 あの変態野郎は一度、一緒に浴びようと誘ってきやがったから。自分のシャワールームは二人も入らないってことを知っていながらだ。

「…………」

 こんな関係はいつ終わるのだろうか。

 あいつと身体を重ねるのは嫌なのだ。あいつの指が、俺の身体を融かしていくようなきがして。

「……ッ」

 カッと身体の奥底が熱くなる。

「……くそやろう」

 思い出すだけで制御が効かなくなるほど浅ましくなってしまった肉体に悪態をつく。すべてあいつのせいだ。

 平常になろうと深呼吸をしようとも、息は浅くなっていく。まるで犬のようだ。

「……あれ?」

 がちゃり、とドアノブが回る音が聞こえたと思えば、そこにはタオルを首からかけたヨアンが立っていた。

 ああもう最悪だ、と毒づく。

「もう盛ってるんスか? まあ久しぶりだから仕方ないっスね。でも先輩程の美貌の持ち主なら女性なんて引く手数多でしょうに。ヤってなかったんスか?」

「も、お前、マジで、黙れよ」

 ペラペラと回る口に辟易とする。しかも言ってることは最低だ。

 にこりと笑いながらヨアンが近付き、キスをしてきた。

 ぺろり、と向こうが自分の唇を舐めただけで身体の熱がカッと上がった。

 こじ開けて、彼の舌が中へと入ってくる。

 あいつの舌は、身体の中で一番熱を持っている箇所だった。

「は、ぁ、……っ」

 ぞくぞくと背筋が震える。

 好き放題に口内を荒らされているだけなのに、何故こんなにも気持ちいいのだろう。

「ん、先輩って本当に見かけによらずキス下手っスよね。慣れてると思ってたんスけど全然そんなことなくて俺驚きましたよ」

「、今、それ言うことかよ」

「だぁって全然成長してないった!!」

「帰れ」

 本当にこいつに好き勝手にされているのがムカついてくる。こんなお喋りで、軽薄な男に。

 渾身の力で肩を蹴ったというのに、ヨアンはへらへらと笑ってまた近づいてくる。

 伸ばされた手に心臓が跳ねた。

「ごめんなさい。先輩準備万端っスもんね。気が変わる前にいただきます」

「だッ!れが、」

 準備万端だ、と言う前に衣服の上から身体を撫でられ、息が詰まった。

 自分の身体の状態を確認するような指先に唇を噛み締めた。

 この男は、普段はああなのに、こんな、繊細な触り方をしてくるのだから、タチが悪いのだ。

 ゆっくりと表面が溶けていくような、そんな気がして、俺はあいつの指がとても恐ろしい。

 だけれども、早く終わってくれ、と強く思いながら耐えるしかないのだ。

 主導を握っているのはいつも、気に食わない目の前の憎たらしい後輩だから。

「……考え事っスか? 先輩、いつも集中してくんないスよね。俺としては寂しいんスけどねえ」

「ッ」

 スエットの下にひやりと冷たい手が潜り込む。

「ほら、集中して」

 耳元で囁かれ、意識がヨアンの指先に向かってしまった。

「ひ、ぁ」

 つん、と胸の飾りをつつかれ、声が漏れる。すぐに意識をそらして口を閉ざす。

「ここ、随分と感じるようになったっスね。身体の物覚えは良いのになあ」

 本当死ねばいい。

 ヨアンを睨みつければ、相手は怖いっスよ、なんて笑って言う。思ってないくせに。

「ん、……く、ぅ……」

 くりくりと捏ねられる。とにかく声を出さないように、と口に手を当てる。

「もー、また声我慢してる。いい加減諦めてくださいっスよ」

「……っ」

 誰が諦めるものか。と思いながら顔を逸らす。

 はあ、とヨアンの溜息が聞こえた。

「まあ別にいいんスけどね。それもそれで燃えますし」

「ッ!!」

「はは、もうとろとろだ」

 指が添えられ、先端を掬われる。

 ただ、身体を触られていただけだというのに、しっかりと反応を示してしまっているそこが恨めしい。

「身体敏感スよね。どこ触ってもびくびくしてますもん」

「ひゃっ!?」

 前触れもなくつぷりと入れられたことに変な声が出た。いつのまに、下を脱がされていたのだろう。

 ヨアンを睨んでも、向こうは素知らぬ顔で笑っているだけだった。

「柔らかいっスね。準備でもしてました?」

「し、ね……ッ!」

 そう吐き捨てると同時にかりかりと浅い所を爪を立てられて、何も言えなくなる。

 乱れる息をなんとかして整えようとしても、激しい運動をしたみたいに治まることがない。

 かっかと身体の熱も収まらなかった。熱い。

「先輩」

「ぁ、? ん、」

 手を退けられて、キスをされる。

 下も、上も、滅茶苦茶にされて、頭がぼやけていく。

 意識を保とうとなにかに縋ろうとしても掴まれていない片腕だけでは心許なかった。

「ふぁ、あ、ん、ん」

 嫌だ、と思ったとしてもだらしないこの身体は、与えられる快楽にぐずぐずに溶けていく。

「ん、ぁ、や」

「ん」

 彼の指が、例の場所付近を探っていることに気づく。

 そこだけは、本当に嫌だった。

 小さく首を横に振ったとしても、あいつは、ただ笑みを深めるだけで。

「ぁ、あ、あーーーーッッ!!!」

 ごり、と押されると同時に口を離されて、みっともない声が自分の喉から迸った。

 止めようとしても、彼の指が止まらなくて、

「イイ声」

「あッ、やだ、そこはやだぁ!」

「でも気持ち良さそうじゃないッスか」

 ぐりぐりと潰されるだけで脳天から尾てい骨までビリビリと電気が走るような感覚がした。

 強すぎる、何回も経験したとしても、これだけは、本当に、

「一回、イきましょうか」

「あーーー!あ、あッ、ひっ、ゃああ!」

「本当先輩ココ弱いっスよねー。どこも敏感だけど、ここ触ると格段に反応違いますもん」

「ぅ、うう、あっ、あ、あ…………ッッ!!」

 ばちばちばち!とスパークが起きる。まるで感電したように震える身体を他人事のように認識していた。

「ひっ」

 ずるり、と指が引き抜かれる。

 そして、すぐに、熱いものが押し付けられた。

「ぅそ、まって、まだ」

「早く終わらせたいんスよね?」

「ほんと、おま、ぇ、しね……ッ、~~~ッッ!!」

 ぶつぶつぶつ、と肉を掻き分けて入ってくるソレに仰け反った。

 達したばかりの身体には辛すぎる刺激にぎゅう、と力が入る。

 はっきりと形が分かってしまう事に、脳が拒否反応を起こしてまた体に力が入る。

 悪循環だった。

「きっつ……」

「ぁ、あ、あ……っ」

「もしかして先輩トんでます? トんでなかったら力抜いてくれませんかね?」

「ゆら、す、な、ぁ……っ!」

 ゆらゆらと揺らすヨアンを蹴り飛ばしたかったが、この体制で無理に動くと逆に辛いことを知っている。

 顔を片腕で覆いながら、は、は、と浅い息を吐きながら強ばった身体をなんとかほぐそうとする。

「いい子」

「ん……ッッ!」

 中に収まっていたものが動き始める。

 相手が達せば、今日はもう終わりだ。早く出してしまえ。

 ずりずりと内壁を削るそれを締め付ければ、ヨアンが息を呑んだ音が耳に届く。

「ひっっっ、あッ!!」

 その次には、がつり、と凝りを穿たれ、視界が明滅した。

 もう声はただ漏れで、情けない音が部屋中に満ちていく。

 たらり、と口の端から収まりきらなくなった涎が垂れた。

「あーー、あ、ぅあ、うううう」

「もうわかんなくなっちゃってる? 先輩、気持ちイ?」

「やだ、あ、ゃだ、」

「は、っ……、ほんと、気持ちー、のに、弱いっスね、先輩」

 暗闇の向こうでヨアンが笑う声が聞こえる。

 切羽詰まったそれに、限界が近いのだと気付く。

「ッッッ!!」

 どくり、と注がれる熱に目を剥く。こいつ、スキン、つかってない。

「よあっ、」

「よい、しょ」

「んぁ!?」

 文句を言おうとして口を開くと、突然身体を起こされて、ヨアンの上に座らされた。ずぐり、と深く挿しこまれたそれに前屈みになった。

「なん、ぇ」

「もうちょっと、付き合って」

 掠れた声に首を横に振る。

 アラサーの男に何を求めているんだ、この男は。

 ヨアンの上から逃げたいのに俺の身体は微かに震えるだけで動いてくれない。

「ん、ん」

「ほら」

 ぐ、と押し付けられるだけでダメだった。

 濁流のような気持ちよさが、俺を飲み込もうとしてくる。

 本当に、これ以上はもう無理なのに。

「あともう少しで終わるから」

「……っ、」

 重い腰を少しだけ上げて、動かす。それだけで、快感がびりびりと腰を震わすのだからたまらない。

 早く満足して。早く、俺を解放して。

「はっ、ぁ……、く」

「……」

「ひ! ゃあ!」

 腰を掴まれて、一度だけ叩きつけられる。

「気持ちいいことは怖くないから」

 と笑って言う彼は、きっとやれ、と言いたいのだろう。

 でも、自分で、自分の気持ちいいところを探るのは、戻れなくなりそうで。

 ほら、とヨアンが招く。

「……っ」

 歯を食いしばり、恐る恐る、あの場所へ当たるように動く。

「あ、あ、あっ」

 一回。

 一回やるだけで、もうダメだった。

 訳の分からない気持ちよさに、身体が馬鹿になったように同じ動きを繰り返す。

 止めたい。のに。止まらない。気持ちいい、気持ちいい、きもちいい。

「よあ、よあん、っ、あ! やだぁ、ゃ、やだ」

 視界がまた白に染まっていく。首を振っても、ぱたぱたと汗が散るだけで、身体は止まらない。

 たすけて

 そう言った瞬間に、俺の視界は白で埋め尽くされた。



 くたり、と力が抜けた彼から、自身を抜く。

 朦朧としたまま、ぜえぜえと荒く息を吐く彼の頬を撫でるように手を滑らせれば、それだけで彼の身体は震えた。

 たすけて、と口走った彼に、笑みが零れる。

「俺に言っちゃうんスね」

 彼は自分がどんな存在か知らない。

 知らせるつもりもない。近々、活動を再開するつもりではあるが。

「……俺の可愛い切り札(ジョーカー)」

 ぽつりと零す。

 警察署で彼を見た時、欲しい、と強く思ったのが懐かしい。

 金髪の髪に、碧の瞳。ありふれた色なのに、彼の彩はとても映える色をしていた。

「俺が“ドミニク”の神になってあげようか」

 作品を作る以外に、心躍ることは久しぶりだ。

 いつか来るであろう未来がなんであれ、きっと俺は、彼の心に強く刻みつけることが出来るだろう。