さあ、とシャワーを浴びながら鏡を見る。
胸部と腹部には傷一つない身体だ。
あの夢の中で、喜多川さんにつけられた傷は残っていない。
その事に溜息を吐く。
言葉も覚えている。ただ、それを夢だと認識していただけ。喜多川さんも覚えているというのなら、きっと、喜多川さんにこの臓腑と右腕を喰われたのは、現実に近い非現実なのだろう。
何故なら自分は生きているからだ。
……だがもし、本当に、あの時の俺を食べずにいたら。
喜多川さんはもう二度と起きてこなかったのかもしれない。そう思うと、とても怖い。
「……生きてて良かった」
ぽつりと零した言葉には安堵が篭っていた。
あの人を喪わずにすんだ。それだけで十分なのだ。……十分なのに。冗談、と言われた時、あの夢で言われた事を冗談にして欲しくなくて、思わず口走ってしまった。
ざあざあとシャワーの水に打たれながら鏡を見る。鏡の中の自分は、変な顔をしていた。
この右手首の傷じゃなくて、あの人につけられた傷が遺っていれば良かったのにだなんて思う。
「(あの人が覚えているのなら、泊まりにはもう行けないな)」
身体を洗いながら考える。これはケジメだ。あの時、自分を食べて欲しいというワガママを聞いてもらったのだから、もうこれから泊まりに行きたいというワガママは言えない。
本当は、あの時だって漫画喫茶やネット喫茶とかに行けばよかったのだから。