窒息しそうなくらいに


 視線を感じる。

 主は分かっている。喜多川さんだ。皿を洗っている自分のことをじっと見ている。

 何故なのだろう、と若干冷や汗をかきながら皿を洗う。ひとまず目の前の事を終わらせたかった。

 最後の一枚の泡を流し、布巾で拭く。そうして顔を上げればばちりと目が合って、少し動揺した。本当に自分の事をじっと見ていたのか。

「……な、何ですか」

「ん」

 とんとん、と喜多川さんは自分の唇を自分の指で叩いている。

 そのモーションが何を示すのか分からないほど自分はピュアじゃない。けれども、向こうからそんなことをしてくるとは思わなくて自分の口から、は、と間抜けな声が漏れた。

 室内であるのに、思わず周囲を伺う。自分たち以外に人はいない。当たり前だ。

「…………」

 濡れた手を拭いたあと、足早に喜多川さんの所に行く。こういうのは、さっとやればいい。

 そう思って自分の口を近づける。喜多川さんの顔が近い。もう三十路であるのに、馬鹿みたいに心臓は鼓動を早めていく。

「……ん゛ッ、!?」

 一瞬触れたからすぐ離そうとしたのにがっちりと後頭部をホールドされて離れることが出来ない。

 そのまま長く、唇を食まれる。長く、相手の顔が近くにある事が耐えられなくて目を強く閉じる。

 永遠に続きそうなそれに息が上がっていく。顔が熱い。息が上手くできなくて、クラクラしてきた。

「ッ!!?」

 ぬる、としたものが口の中に入り込んでくる。舌だ。酸欠で口を少し開けてしまったからか。

 そのまま喜多川さんの舌は口内を蹂躙していく。上顎を舌先でなぞられ、歯列をざらざらと撫でられ、舌を絡め取られて。

 誰かに触られることはほとんど無い場所を他人に触られている。予想が付かない刺激に、自分の身体はただびくつかせるだけだ。ただ、気持ちがよくて。力が入らなくて、目の前の男のシャツを掴む。なにかに掴んでないと崩れ落ちそうな気がした。

 その手の力も抜けそうになった時、ずるりと舌が引き抜かれる。目を開ける。視界の端は霞んでいて、涙がでていたことに今気付いた。荒い息が自分の肺から出て、新鮮な酸素が入っていく。

「ごっそさん」

「……?……??」

 ぺろり、と唇を舐める喜多川さんの姿に困惑する。突然、本当に、どうしたというのだ。

 ある程度呼吸が落ち着いてきて、自分の下半身に気付き内心で頭を抱える。思春期の男か、俺は。

「手伝ってやろうか?」

「いッ、いいです!」

 にやり、と笑って指さされたそこにカッと顔が熱くなって部屋に逃げ込む。逃げ込んで、鍵を閉めて、深く息を吐いた。

 暫くここで落ち着くまでいれば、大丈夫だろう。

 トイレに逃げ込む事も考えたが、ヌいたのかってからかわれる未来が見えていた。

「……………………」

 顔を覆う。あの人はどうしてこんなにも。

「(暫く顔見れない気がする……)」

 見たらきっとあの舌の感覚を思い出してしまうから。