虚ろに滑る両の手


 自分は昔から求め続けていた。

 孤児院育ちであることでなめられないように。マナーも教養も勉学も、何もかもを学んだ。

 ヤードに進んだのだって、安定しているからだった。それに、自分が公務員であれば、孤児であることを馬鹿にされないと思っていたから。

 成績をよくすれば、表だって馬鹿にしてくる奴らはいなくなった。勿論、陰口はあったけれど、それを気にせずにただ成績を出していけば、何かを言う奴は減っていく。

 そうして、追い求めて、追い求めて、追い求めて

 俺の手に残っているものはあまりにも少なかった。


 あの人間師の事件を経て、得た物は少なかった。

 気付けば、自分の周りからなくなっていた。

 罰と言えば、あの人間師の手先になっていた自分に対する罰なのだろう。自分もそう思っている。

 だからこそ、自分は贖罪の為に身を呈することにした。自分の頭も教養も何もかもを使いきって、他人を護ることにした。

 警察でなくなった今、そんな思考に至っていることに苦笑を浮かべる。あの時には生じなかった自己犠牲。


 もう誰かを傍からなくしたくはなかった。

 だからこそ、だからこそ。

 

「(だからこそ、貴方の為なら俺は)」

 白い床に横たわりながらぼんやりと思う。

 もう意識はおぼろげだけれども、目の前の大切な人の声は届いていた。

 求められている。

 その事に心は歓喜に震えた。たとえ、それが今だけのもので、強制的に齎されているものだったとしても。

 腑分けされる痛みに呻きながらも、浮かび上がってくるのは幸福。自分は被虐性愛者だったろうか。

 なんてくだらないことを考えながら、目を閉じる。もう目を開き続ける力はなかった。

 別に、自分はいいのだ。大切な人の為になるのなら。それが幸福であるのだから。

 彼が自分の名前をよぶ声が聞こえる。

 それに返事をすれば、もっと、という言葉が聞こえた。だから頷いた。

 全てを食べてほしい。自分のこの気持ちごと全てを。


 彼の事が好きだ。好きだからこそ、力になりたい。

 それだけでいい。

 だけど、願ってもいいのなら、そばに居てほしい。

 自分の傍からいなくなる前に、自分が先に消えたい。

 そんな願いまでは口には出来なかったけれども。