遅効性の毒が廻る。


「お久しぶりっスね」

「ッ!?」

 その言葉と共に、俺の意識は途絶えた。

 

「…………、」

 目を覚まして、真っ先に感じたのは質のいいシーツの感触だった。

 あたりを見れば、どこかの豪奢な部屋。

「ああ、漸く目が覚めたんスね」

「ヨア……ッ!?」

 ぎゃり、と鳴り響いた鉄の音に、自分の手首に枷がはめられていることに気がついた。枷に繋がっている鎖は、天井から下げられている。

 ご丁寧にも、枷には緩衝材として手首に接している部分に軟らかな布が張られていた。

 足首に枷がついていないだけが幸いか。

「その枷は極一般的なものッスよ」

「……やはり、死んでなかったのか、お前」

「そうですよ。貴方達が追い詰め、捕らえた13代目の人間師は今なお健在。今は療養期間ってとこっスかね」

 にこり、と綺麗な顔で笑う彼に顔を顰める。

「フェイクか」

「流石先輩。察しが良くて助かるっス。まさか俺の顔を“作る”とは思ってもみなかったスよ。彼等もまだ俺を手放したくないんでしょうね」

 ヨアンが俺の横たわっているベッドの上に体を乗せる。

 きしり、と小さくスプリングが鳴った。

「……それで、今更何の用だよ。俺を材料にでもしたいのか?」

「やだなあ。そんなことするんなら、先輩のことこうやって枷に嵌めたりしませんよ。“俺が先輩の所に来る”時って言ったら、一つしかないじゃないスか」

 その言葉に目を見開いた。

「覚えてたんすねえ。嬉しいなあ」

「ざっけんな誰がやるかよ!」

 彼の背中を蹴ろうとしたら脚を捕まれ、そっと撫でられる。

 その手つきの優しさに、息をのんだ。

「……ほんと、変わんないっスね」

 ヨアンの目に含まれている色に困惑する。

 獲物を狙う猛獣のような色に、愛おしいものを見るような色が、入り混じっていて。

 何故、お前はそんな目で俺を見ているんだ。

 そんな色をした目で、俺を見ることなんてもう無いと思っていたのに。

「先輩」

「っ」

 つ、と指先で俺の脚をなぞる。

 久方のその指先に、ぞわぞわと身体の奥底からなにかを呼び覚まされるようだった。

「ね」

 柔らかいトーンで囁かれる。

 彼の手が俺の身体を撫でる。

 “ヨアン”が、俺の前にいる。

「先輩」

 毒でしかない彼が、俺の中に染み渡っていく。

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「ひっ、う、」

 ズボンを引き剥がされ、シャツだけにされた姿で俺はヨアンに愛撫されていた。

 前ならば、前戯なんてさっさと終わらせて、突っ込んで終わりだったのに。

「ひゃ、あ、ぁ」

「気持ちいいスか?」

 俺の後ろで、あいつが言う。

「ん、んん、ぅ」

 天井からの鎖に縋り付きながら首を横に振れば、息を吐く音が聞こえた。

 ヨアンが笑っている。

「うそつきっスね」

「ひっ! んっ、ぅ、うう」

 項に口付けをされる。

 べろり、と熱いものが這った感覚がして、身体がぶるりと震えた。

「はは、真っ赤」

 またヨアンが笑う。

 じっくりと弱い火に炙られているようだった。

 至る所を愛撫されているけれど、決定的な場所は一切触られてなくて。

 もどか、し、い。

「っは、ぁ」

 でも、そんな事は言えない。言えるわけがなかった。

 口を閉ざして耐えるけれど、ゆらゆらと身体が揺れるのは、どうしても抑えられなかった。

「強情」

 頭が茹だる。まるで逆上せたような感覚だった。

「ふ、ぅ、っん!」

 脇腹を撫でられ、身をよじる。シャツが胸に擦れ、ピリピリとした痺れが広がる。

 ちゃり、と鎖が小さく鳴った。

 彼から与えられる何もかもが、快楽と結びついてしまってつらかった。

「も、やめろ、よ、っ……!」

 首に吸いつかれる感覚に震えながら絞り出したような声で言えば、ちらりと彼は俺を見上げ、すぐに目を細める。

 不満げな色にたじろぐ。

「……まあ、今回だけじゃないし、いいか」

「は、」

 不穏な言葉に心臓が跳ねた。

「ああ、心配しなくても、先輩の周りには手を出しませんよ。特にあの気丈なお姫様にはね」

 約束ですから。と彼は笑う。

 なのに、心臓はどくどくとうるさかった。

「もう、そんな怯えなくて大丈夫スよ。俺は約束を守る男ですし、何より尽くすタイプなんスよ?」

 指先にキスを落とされる。

 は、と息を吐く。

「つく、すって? お前が?」

「やだなあ。先輩はもう分かってるくせに」

 さり、と彼の指が俺の掌を優しくくすぐる。

 ぞくりと腰が震えた。

「知らないフリを続けるのも、構わないんスけどね。俺は伝え続ければいいだけっスから」

 ヨアンの笑顔にくらりと眩暈がした。

 そんなもの、認められるわけがない。

「先輩、愛の言葉ってやつが信用出来ないんでしょ?」

「っ」

 とん、とん、とつつかれるだけで、遠い記憶が頭に蘇る。

 ぬるりとした感覚に、いつの間にかローションを使っていたのだろう。

「前は時期が時期だったから丁寧に出来なかったけれど、これからはじっくり教えてあげる」

「っぁ」

 ぐ、と指が入ってくる。

 人間師の、警部補だった、ヨアンの指が。

「……使わなかったんスね?」

「だ、れが、こんなとこ、好き好んで」

「操を立ててくれたんスか?」

「普通の、男が、使うわけ、ねーだろ!」

 自分の都合のいいように解釈する目の前の男が苛立たしい。

 そんな所、普通ならば使うわけがないのに。何が操を立てるだ。立てるものなんて、俺には何も無い。

「の割には」

「ひっ、!」

「ココも、最近使ってないみたいスけど」

 陰茎をやわく掴まれる。

 ただそれだけだったのに、焦らされた身体は敏感に感じ取ってしまう。

「ぁ、あ、っ、やめ」

「もっと聞かせて」

 ぐちゅ、と下腹部からそんな音が聞こえた。

 前と後ろの刺激で燻っていた熱が、熱く広がっていくようなきがした。

「ん、そろそろいいスかね。俺もいい加減、限界だし」

「あ……」

 指を引き抜かれ、少しして、代わりに熱いものが宛てがわれた。

 どくん、と心臓が強く脈打つ。

 鎖を握る力が強くなり、ぎゃり、と鳴った。

「久しぶりだから、ゆっくりやりますね」

「っ、」

 ぐち、と押し広げて入ってくるその質量に息が止まる。

 痛みは無いのは、ヨアンがしつこかったからだろうか。

「はっ、は、……ぁ」

 長過ぎるほどにゆっくりと入れられていく。

 一思いに、食い荒らしてくれればいいのに、と思いつつその侵入を耐える。

「ッ、力入れすぎ、ッスよ……!」

「ぅあ、あ、っ」

 力抜いて、とヨアンに腹を撫でられる。

 胎の中に、まるで、赤子がいるような、そんな、手つきで。

「っは、あ、」

「そう、ゆっくり、息を吐いて」

 深く、呼吸をする。

 その度に腹が動いて、中に彼がいるのだと、突きつけられた。

「動くっスよ」

 その言葉と共に、ずるり、と中のものが動き始める。

「ん、んん、ぁ」

「っ」

 はじめはゆっくりと動いていたのが、段々と早くなっていく。

「あ! あ、あっ、よあ、よあん、はや、ぁ!」

 ちゃりちゃりと、鎖が鳴るのが耳についた。

「ドミニク」

 そう、名前を呼ばれた気がした。

「っぇ、あ、あああっ!?」

 ぐるり、と容易く身体を回され、脳内で電気が弾けた。

 あまりの衝撃に震える自分に、ヨアンは口付けた。

「ぁ、んっ、ん」

 熱い舌が、俺の口内を掻き回す。ぐちゃぐちゃと唾液が絡み合う音が聞こえてくる。

 ヨアンの舌が気持ちよくて、思考が鈍っていく。

「ふっ、ぁ、ん、んん、ん!」

 目を細めて笑った彼が、深く口付けたまま律動を再開した。

「んーーー! んっ、んぁっ、んんん」

 もうわけがわからなくなっていた。

 口を舌で、胸を手で、下は陰部で、弄られて。

 そのどれもが、強すぎるほど気持ちよくて。

 ずるり、と手が鎖の上を滑っていく。

「ん! んぅうう! ん、ん、~~~~~~~~!!!」

 口を吸われながら、びくり、と大きく身体が跳ねた。

 強い絶頂感。

「ふぁ、あ、あ……、」

 ふっ、と俺の意識はブラックアウトした。



「……っ!」

 がば、と起き上がる。

 見回せば、そこはいつもの俺の部屋で、意識を失う前までいたあの豪奢な部屋ではなかった。

 でもずきりと痛む腰が、あれは夢ではないのだと告げる。

 淫夢では無かったことに、喜ぶべきなのだろうか。

「……、……ん?」

 ベッドのサイドテーブルに置かれてあるランプの側に、メモが残されていることに気がついた。

『可愛かったですよ。

 また来ますね。

         ヨアン』

 

 ぐしゃり、とそのメモを握り潰し、どうすればいいのか分からなくなって俺はそのままベッドに突っ伏した。