餞別


 ざり、と革靴の底が地面を擦る音が聞こえ、顔を上げればそこには目当ての人間がこちらを見ていた。

「遅いじゃねえか」

 吸っていた煙草を携帯灰皿に押しつぶし、寄りかかっていた壁から背を離す。

「……よくもまあ、ウチのシマに顔出せるな?」

「テメエらと争う理由は今はねえからな。お前らと違ってこっちからちょっかいは出せねえよ」

 随分と自分より高くなった顔を見る。

「お前に用がある」

「俺には無いが」

「すぐ終わる」

 懐に手を入れ、目当ての物を相手に放る。ぱしり、と掴んだのを確認した後、その場から去るために足を動かした。

「繋ぎにでもしろよ」

「ライター……?」

 しげしげと見つめる相手の姿にく、と笑う。

「カシラ任命おめでとさん。そりゃあ、組関係なく俺からの餞別だ。使えねえなら捨てな」

 そのライターの価値を、相手は知っているだろう。相手にとっては端金だろうが。

「​──15万だなんて、よく買えたな」

「豪遊しないタチなんでね」

 ぽつりと零した相手の言葉に返しながら、去る。

 10数年の付き合いだ。組同士がいがみ合っていたとしても、これくらいは許されるだろう。

「じゃあな、鷹加里の坊ちゃん……いや、若頭って言うべきか」

 これでもう、しがらみも何も関係なく話す機会は減るだろう。

 それが普通だと言われればそれまでだが。

「…………」

 目を細め、そのまま自分の家であるあの場所へと帰った。