魔法の手


 あの人との付き合いは、自分がまだ孤児院に居た時からだ。

 それから、奇妙な縁で今までずっと叔父と甥のような付き合いを続けていた。

 あの時の自分は今より酷い人嫌いだったのに、喜多川さんに対してはそこまで拒絶反応が出なかったのを覚えている。

 その理由は何故なのかは今でも分からない。自分と彼は、所詮赤の他人であるというのに。

 ただ言えるのは、頭を撫でるあの手が昔から大好きだった。


「………」

 ベッドにうつぶせになる。

 頭を駆け巡るのは、あの変な居酒屋から出る時のことだ。

 あの人の考えることは時々、よくわからない。

 何を思ってあんなことをしてきたのだ。

 文句を呟きながら枕から顔を上げる。何も変わらない自分の部屋だ。

 あの後、すぐマリーからラインが送られてきた。ほほえましそうな声で、漸く素直に甘える事にしたの?と言われたときは羞恥心から叫んでしまった。その時自室でよかったと心から思っている。

 マリーにはどうしても隠し事が出来ない。隠そうとしてもすぐにばれてしまうから。

 はあ、と溜息を吐いて寝間着へと着替える。

 ぐるぐると悩んでいる自分に、思春期かよ、と自嘲する。

 ただ、「他の愛情表現」を教えられただけなのに。別にマウストゥマウスでもないのだから。

「…………」

 そこまで考えて膝から崩れ落ちる。この事を考えると付随して自分の醜態や失態も思い出してしまうからいけない。本当によくない。

「喜多川さんは、」

 一体何を考えているんだろうと、ぽつり、声に出た。

 考えすぎて、口にキスでもしてほしかったのか?みたいな馬鹿な事を考えて首を振る。

 きっと尋ねたって本当の事は話してもらえないだろう。

 いや、違う。ただ単に、それを突く事で喜多川さんが自分の周りから離れる事を恐れているだけだ。

 マリーに相談したら絶対喜多川さんに話した方が良いと言われるだろう。それは自分が無理だ。出来ない。断言できる。

 自分でも素直じゃないと思っているんだ、すんなり言えるわけがない。

「…………なかったことにしよう」

 もうそうするしかない。あれは夢だった事にしないとずっと考えなきゃいけなくなる。

 それに、相手も別に考えてほしいとか思っていないはずだ。そんな事言われなかったし。

 今まで通りだ。これからも、きっと。

 ……これから、酔った時くらいは少し甘えても許されるだろうか。少しは赦されたい。

 はあ、と溜息を吐いた後毛先に触る。

 喜多川さんに撫でられるのは、落ち着くから。