ある晴れた日のこと


 ふと、どうしようもなく思う時がある。

「(あ、珍しく快晴だ)」

 外は曇りや雨の多いロンドンでは珍しく青い空を広げていて、暖かな日差しが降り注いでいた。何日ぶりの太陽だろうか。鬱々とした曇天は日に日に街からも活力を奪っていくような、そんな天気だった。

 読み掛けの文庫本を本棚に仕舞い、外出用の服に着替える。適当なシャツとズボンにジャケット。別に誰に会うでもないから、こんな服を着ていても許されるだろう。誰に許可を求めているのかは自分でも分からないけれど。

 外は窓から見たのと違って見えた。床には水溜まりがまるでウユニ塩湖のように空を映していたし、街の植木は葉に露を湛えて煌めいている。ひどく眩しい世界だった。

 そんな世界の中を歩く。時折、強い光の反射に目を焼かれながら。

 こんな眩しい日に、自分は何故か、どうしようもなく思うことがある。

 かんかんかん、と階段を鳴らしながら登っていく。ここは、もう誰にも使われない、廃ビルだった。管理が杜撰で、簡単に侵入できることを俺は知っている。

 ぎい、と錆び付いた扉を開けば、眼前に広がるのはビルの頭達。フェンスへと近づいて街を見下ろす。すぐ下の道には様々な人間が歩いていた。

 そっと目を伏せて夢想する。

 地を蹴り、空中に飛び出して速度をあげる自分の姿を。

「(……ああ)」

 きっと水分を含んだ空気を切るのは気持ちがいいだろう。そうやって、3秒間をたっぷりと味わって。そして。

 再び目を開く。自分の足はフェンスの外に出ているはずもなく、依然として屋上のコンクリートを踏んでいた。

「…………」

 小さく息を吐く。

 こんな眩しく晴れた日は、どうしてもこんなことを考えてしまう。

 きっと自分はいつか、マリーを置いて逝く。