「私ね、今迄お母様とお父様から、御人形をずっと買って頂いていたの」
目の前で、貴族の令嬢がうっとりと、夢心地といったような顔で言う。
「でも、どれも私の好みではなくて。でも折角頂いたのだから、ずっと大切にしていたのよ?」
まるで唄うように彼女は言う。
彼女の背後に並ぶ“人形”はどれも精巧なもので、見覚えのありすぎるものだった。
俺は知っている。こんなにも精巧なものを作れる人物を。
「彼の技術は素晴らしいわ。それは素人の私にも分かるのよ。でもね、私は精巧な人形よりも、貴方のような人を望んでいたの」
きらきらと、頬を紅く染めながら恋をした少女のように語りかける。だが、その瞳はとても昏い。いや、奥底が見えないのだ。深淵のような瞳の奥に、こちらが呑まれてしまいそうな。
「初めて貴方を見た時、まるで雷に撃たれてしまったようだった! 求めていたのは貴方だったのよ。だから、招待したの。でも、ごめんなさいね、私の者が乱暴してしまったみたいで。貴方の肌に火傷が残ってなければいいのだけれども」
するり、と首筋を撫でられて思い出すのは、ここに招待される前の話だ。
突然背後からスタンガンで気絶させられた。あの時は、相棒と一緒ではなかったから、あっという間の出来事だった。
服の重さから、携帯や連絡手段はすべて取り上げられてしまったのだろう。
「でも、安心して。そんな者はこちらで処分したから。大切な人形に乱暴する人間なんて、いなくなってしまえばいいのよ。貴方もそう思うでしょう?」
俺は人形扱いか、と悪態をつく。
口は猿轡を噛まされているから喋れないけれど。
「どうドレスアップしてあげようかしら! きっと貴方は、美しいから、何でも似合うわ。今着てるスーツも素敵だもの! ああ、そうだわ。貴方の瞳もとても綺麗だから、それに合わせたコーディネイトをしなければならないわね。まるで海のよう。アクアマリンやサファイアよりも素敵な蒼。どんな宝石よりも一等美しいわ。曇ってしまっても、別の美しさがあったわ。貴方のその髪の毛も、毎日お手入れをして上げる。髪の毛を伸ばしてもいいのかもしれないわね。きっとふわふわとした、触り心地の良い髪の毛になるわ。動かなくなったら、エンバーミングを施してあげる。そうすれば、貴方の美しさは永遠のものになるのよ。動かなくなっても、ずっと、ずぅっと大切にしてあげるわ」
ぞわりと背筋が粟立つ。
つらつらと、彼女が述べる言葉は狂気に満ちていた。いや、彼女にとっては普通のことなのだろう。ただ、一般的なものとは、かけ離れているだけで。
「ああ、でもそうだわ。今の瞳の状態も保管したいわね。片眼はくり抜いて、ホルマリンで保管しようかしら。美しさは劣るけれど、青い宝石で義眼を作ってあげる。何がいいかしら。ターコイズ? サファイア? アクアマリン? 貴方の瞳に似た宝石を探し出すことから始めないといけないわね⋯⋯。一等の物を探し出してあげるわ」
勘弁して欲しい、と強く思った。
早く、ここから抜け出さなければ、本当に好き勝手に弄られてしまう。
どうにか逃げ出すための隙が出来ればいいのだが。
「ああ、でも」
おもむろに、彼女が飾り棚の方へと近づいていく。
そこから取り出したのは、豪奢な飾りが施された一つの箱だった。その中から、一本の注射器を取り出した。
アンティークなデザインの、銀の注射器。
嫌な予感しかしなかった。
「これはね、貴方を人形に近づけさせる物なの。意識を混濁させて、他人のいう事を、なんでも聞いちゃう薬なんですって。今回、お父様が特別に下さったのよ」
楽しげに言う彼女に、冷や汗が出る。
麻薬か何かなのだろう。なんでものを子供に与えているんだ。
ゆっくりと近づいてくる彼女が、初めて恐ろしいもののように思えた。
「大丈夫よ、痛いのは最初だけだから」
そう笑った彼女の顔は、純粋で、綺麗なものだった。