たんたんたん、と階段を上って2階へ。生家の中なら、生まれついてから共にあるこの暗闇に惑うことなく自由に移動することは容易いことだった。
とんとん、と私の弟の部屋のドアをノックする。
「ドミニク、ご飯が出来たわ。降りてらっしゃいな」
そう言えば、彼はすぐに声を返してくれるというのに、今回は言葉が返ってこないことに首を傾げる。
「ドミニク?」
おかしなことに気づいた私は、ドアノブに手をかける。入るよ、と声を掛けてからドアを開けば、向こうが驚いたような気配を感じた。
同時に、微かな水の匂いがした。
「ドミニク? 泣いているの?」
「っ」
物にぶつからないように気をつけながらドミニクに近付いて、彼の頬をそっと撫でれば湿った感触がした。
私の弟は昔と比べて、こうやって独り、静かに涙を流すことが多くなったような気がした。
「どうしたの、ドミニク」
泣くのがとても下手な弟は、ただただ静かに涙を流すだけだ。喉をひくつかせることも、声を上げることなく。ただ、ただ。
いつからだろうか。彼の身体から死臭が漂うようになったのは。
そっと彼の身体を抱きしめて背中を優しく摩る。
「マリー」
泪に濡れた声が私の耳を擽った。
「ん?」
「……ごめんね、マリー、ごめんね」
そうやって、彼は私に謝ってくる。何に対しての謝罪なのかは、心当たりが複数あって特定は難しい。
だけど、恐らく。
「ねえ、ドミニク」
優しい彼の顔に触れる。きっと、私は弟の顔を最期まで見ることは叶わないのだろう。
「私は、あなたの死を赦すわ」
優しい弟。きっと、彼は優しすぎるあまりに。
「だから、私の事を足枷にしなくていいのよ」
流れ続ける泪を拭いながら、言葉を続ける。
最愛の弟が亡くなるのはとても哀しいことだけれども、こうやって彼が傷つき続けることの方がとても哀しい。
「愛しているわ、私のかわいい弟。だから、もう泣かないで? 一緒にご飯を食べましょう?」
そうやって笑えば、ドミニクは小さく頷いた。
私には分からないのだけれども、ドミニクはその夜の月はとても綺麗な満月だと教えてくれた。