「……?」
マリーの家の鍵を回して違和感を感じた。
そのまま鍵を抜いて、扉を開けばがちゃりと扉が開く。
「マリー?」
どくどく、と嫌な音を立てて鼓動し始める心臓を抑えながら、中へと入る。
不気味な静けさに、足に重みがのしかかるようだった。
今日から、彼女の親は海外に出張していて。だからこそ、いや、今日からだけではないのだが、こんな、鍵をかけ忘れるということは絶対にありえないのだ。
なのに、鍵が開いていた。
彼女一人で出歩くことは、出来る。だが、これは、明らかにおかしい。
彼女の部屋をノックする。
中から物音は聞こえなかった。
「マリー、いるのか?」
断りを入れて、中へと入る。
もぬけの殻だった。
「…………」
荒らされた形跡もなく、彼女らしい、いつも通りの部屋だった。
部屋を出て、階下に向かう。
焦燥が胸を焦がすようだった。
「……!」
ダイニングキッチンへと入り、息を呑む。
人が抵抗した跡がくっきりと残っていた。
物が散乱してしまっている、ダイニングテーブルの一画に一枚の写真が置かれていた。
すぐに手を取り、確認してみればそこに映っていたのは複数の男に取り押さえられているマリーの姿。
「…………ッッ!!」
ぐしゃり、と握り潰してしまったのと同時に、電話の音が鳴り響く。
ワンコール。
動けなかった。
ツーコール。
画面を見た。非通知となっていた。
スリーコール。
「……ブランドンだが」
「ああ、漸くお出になられましたか」
電話越しの相手の声は、ボイスチェンジャーで変えられていた。
「…………お前だな」
「察しがよろしいようでなにより」
「何故彼女を連れていった」
「貴方に頼みたいことがあるからですよ、Mr.ブランドン。……いや、貴方の苗字は貰い物でしたね?」
「…………何が言いたい」
揶揄うような声に、マグマが込み上げてくるようだった。その熱を必死に抑え込み、冷静でいるように努める。
「いいえ、何も? 貴方の大切な名付け親を返して欲しければ、私の言うことに従ってください。新たなハンデを、彼女に負わせたくはないでしょう?」
「…………」
「簡単な事です。ただ、私が【ジョーカー】、もしくは【切り札】と言った時に、【キング】を狙ってくれれば」
「……何を言っている?」
「今は分からずとも、近日中に解りますよ。絶対にね。それを守っていただけるのなら、好きに動いてくださって構いませんよ。勿論、私の正体を探ることも、ね。ああでも、この事は内密に」
嘲笑うような声に歯を食いしばる。
余裕そうな相手がこの場にいたのなら、きっと掴みかかっていたのだろう。
「では、我らが【切り札】。よろしくお願いしますね?」
貴方の大切な人の為にも。
そう言い残し、電話は切れる。
「…………クソが!!」
がぢゃん、と受話器を叩きつけた。
何かをめちゃくちゃに壊したい気分だった。
自分の不注意だった。
彼女を、日常に戻さなければならない。
これは全て、自分の責任だ。
「(…………大丈夫だ)」
何事もなかったかのように振る舞うのは得意だった。自分の事を見せないのは。
いつもの事じゃないか。
窓に映った自分の瞳は酷く冷たいものになってしまっていた。
目を閉じて、いつもの自分を思い出す。
再び窓を見れば、昨日までの自分がそこにいた。
「【切り札】、いや【ジョーカー】、お仕事だよ」
その言葉に愕然とした。
目の前の男は、この中にキングがいるのだと言う。
この、3人の中に。
笑いたくなってきたのを堪え、銃を突きつける。
「……ごめんな」
天秤は傾いた。
七つ目の角笛が鳴り響く。
審判の時が、近い。