がさり、と音が聞こえて目を開ける。
こんな所に人が来るなんて、殆どないからだ。
「……あら、ここどこかしら」
続いて聞こえてきたのは女子の声。同じクラスのヤツらじゃないことは分かった。
その声の元を見てみれば、自分より幼い女子がいた。目立つのは、幼い顔立ちに似合わない、大きいサングラスだろうか。
手には白杖があることから、障がい者であることが分かった。
恐らく、迷い込んでしまったのだろう。
「困ったわ、鳥の声を辿ったら知らないところに来ちゃった」
「お前、何処から来たの」
「空から声が聞こえるわ。天使かしら?」
「そんなわけないだろ」
木の枝の上から飛び降りる。その音が聞こえたのか、その女子は「木の上にいたのね」と弾んだ声を漏らした。
「フェンスがないから川に落ちるぞ」
「通りで水の流れる音が聞こえていたのね。ところで、あなたはだあれ?」
「別にいいだろ、俺なんて。というかお前何処から来たんだよ」
「もう、初めて会った人と自己紹介をするって学校で習わなかったのかしら! 私はマリー・ブランドンよ、よろしくね」
「人の話を聞けよ」
マイペースに話を続ける彼女に、話しかけたことを後悔した。
「私の家は、エリザベスストリートにあるわ」
「ああ、そこか」
そのストリートは、自分のホームがある通りだった。
「そこなら来た道を真っ直ぐ戻ればすぐだぞ」
「えっ」
「は?」
「案内してくれないの?」
「なんで俺が」
「だって私は見ての通りよ? そこは案内してくれるのが英国紳士ってものじゃないのかしら!」
自分のハンディキャップを指摘する彼女に顔を歪める。この女、自分のハンディキャップを武器にしてくるタイプだ。
「案内してくれたらあなたとてもかっこいいのになあ、勿体ないなあ」
「~~~~~~~~~!! わかったよ! 案内すりゃあいいんだろ!」
「やったわ」
「このやろう……」
にやり、と笑いながら言う女に苛立ちを覚える。
「ほら、手」
それを我慢しながら手を差し伸べれば、彼女はしっかりと俺の手を握り返した。
辿りついたのは、絵本にありそうな、そんなありふれた家だった。庭付きの赤い屋根。広すぎもせず、狭すぎもなさそうな、そんな家だ。
「ありがとう、無事に家に帰れたわ」
「あっそ」
「ねえ、優しい人、あなたの名前はなんなの?」
「……ドミニク」
道中散々聞かれていた名前を告げれば、彼女の顔はぱっと変わる。
「ドミニク! あなたが噂のドミニクなのね!」
その言葉に、彼女が同じスクールに通っていることを知った。
「でも噂と違うわ。やっぱり所詮、噂は噂ね」
「…………」
「冷血野郎とか、いけ好かない野郎とか、近づいた奴皆血祭りにしてるとか、そういう噂を聞いてたけれど」
「いやそんなことしてねえし」
「あなたのことが疎ましい人が流してたのねえ」
にこにこと笑いながら答える彼女に、なんて答えればいいのかわからなかった。
そんな噂を流した奴は当たりがついている。自分がホーム育ちなのをからかってきたヤツらだろう。あいつら、自分が気にしてないからそんな噂を流してたのか。しょうもない奴らだ。
「ね、ドミニク。これからも私と遊んでくれないかしら」
「はあ?」
「きっと私達、良い友達になれると思うの。ここまでの道のりで十分に分かったの!」
「たった三十分で何が分かるんだよ」
「十分すぎる時間よ!」
がっしりと、自分の手を握りしめる彼女に戸惑う。
自分は名前しか告げてないのに、この女は何を分かった気でいるのだろうか。
「お前、俺のこと何も知らないのによくそんなこと言えるな」
「そういえばそうね。私はあなたのプロフィール、名前しか知らないわ。でも、あなたという内面は知れたつもりよ」
しっかりとした口調に、そのことを本当だと信じているらしい。
「俺が孤児だとしても?」
「あら、そのステータスが何が問題でも?」
「…………降参だ。お前、変な奴だな」
一切声がぶれなかった。表情も固まらなかった。本当に、彼女は嘘をついていないらしい。
「私がこうだもの。そんなことで否定していたら、自分も否定することになると思わない?」
「……年の割に、大人びてるんだな、お前」
「ふふ、私、素敵な女性を目指しているもの」
そう言って、彼女は笑った。