底なし沼に足を入れた。


 したい、と漸く相手に告げることが出来た日。あの人から言われたのは翌日また来れたら、の言葉だった。

 あの人はどこまでも俺の意思を確認してくる。自分の欲は無いのだろうか、と思うほどに。

「…………」

 ベッドの上で縮こまる。心臓がバクバクしていてうるさい。

 シャワーはしてきて、洗浄して多少馴らしてきた。自分でする時は死にたくなっていたが、多分十分、だと思う。

 抱かれずに添い寝とかで終わったら無駄になるだけだ。

「(本当に抱くのか……?俺を……?あの人が……?)」

 疑問が尽きない。女ではない自分をあの人が抱く想像が出来ない。そもそも勃つのだろうか?もし無理だと言われたら仕方ないのだが。

 そんなことをぐるぐると考える。顔を見せなくたって身体はどうしようもなく男だし、柔らかくはない。少しくらいは脂肪をつけるべきだったのだろうかと思えど、それで身体が崩れたら使える武器が一つ少なくなってしまう。

「何考えてんだ?」

「!!!!???!?!?」

「猫みてえ」

 突然聞こえた喜多川さんの声に驚いて壁側へ飛び跳ねる。

 それを見た彼が指を指して笑った。

「な、いつ、」

「少し前な。声掛けても全然反応しねえから」

「す、すみません」

 目が合わせられない。今の俺の心情は有罪か無罪かを待つ被告者の気分だ。死刑宣告ではないのは別に死ぬのは怖くないし。

 でもここでまた怖気付いたらきっと俺は二度とこんなこと言えないだろうし、腹を括るしかない。喜多川さんが本当にしたいかどうかは、分からないけれども。もし、別にそこまでじゃなかったらこれを思い出にするだけだ。

「がっちがち」

「っっ」

 身体に触れられて心臓が飛び跳ねた。

 まるで処女みたいな反応に嫌になる。実際にそうだが。男の処女って、抱く側としてどう思うんだろうか。それに相手はヘテロだ。一応準備はしたから、面倒では無いはずだし。俺は相手に抱かれたという事実だけあればいいから、別に気持ちよくなくても構わないし、

「またグルグル変なこと考えてんな?」

「変なこと、じゃないです、けど」

 とても緊張する。以前、他人とこういう雰囲気になった時はこんなにも緊張していなかったのに。まあ、あの時は本番まで行かせはしなかったから、のもあるが。というかさせるつもりなんてさらさらなかった。情報が欲しかっただけだし。

「……!」

 自分の頭の上に手をのせられる。そのまま撫でられた。困惑する。

「あ、あの……?」

「んー?」

 いつもの顔で頭を撫でられる。何も言えずにそのまま黙っているとまたそのまま何も言われないまま撫で続けられた。

 緊張をほぐそうとしているのかもしれない。す、と深呼吸して身体の緊張をとる事に努める。目の前でガチガチに緊張している人間がいたら事を進めるか進めないか決めることすらも出来ないだろう。

 背後に布の冷たさと柔らかさを感じて目を丸くする。目の前を見れば、喜多川さん越しに天井が見えた。

「………………ッ!!??」

 がち、と身体が固まる。

「(いつ押し倒されてた……!?)」

 雰囲気が添い寝とかじゃない。これは本当に抱かれる、のかもしれない。

「ほ、本当に……抱くんですか……?」

「……やめるか?」

 その言葉に首を横に振る。抱かれるのが怖い、とかではない。ただ、未だに実感が湧かないだけで。

 頬に喜多川さんの手がする、と滑る。

 あの時とは違って、意識ははっきりしているから尚更心臓に悪い。

 頭を撫でられながら、シャツの中に手が入り込んでくる。器用な人だと、つい現実逃避をしてしまう。肌を撫でられて、他人に触られているということが、不思議な感覚で鳥肌が立った。

 ここまで密な接触をしたことはほとんど無かった。いつもと違うということをまざまざと突きつけられる。

「鳥肌立ってんな」

「…………素肌、触られたことそんなに無いんで……」

 ぞわぞわして仕方がない。女性のように身体をまさぐられても、同じような反応を返せるかは自信が無い。早めに次に進んで欲しくて、喜多川さんの腕を掴む。

「ん?」

「……もう、準備しているから、早く……」

 顔が熱い。こんな女みたいなことを言うなんて思ってもみなかった。

 動きがないことに不安が過ぎる。呆れられてしまったのだろうか。そろりと視線を動かせば、何故か楽しそうな顔をしている彼がいた。思わず逃げそうになったけれども、それより先に喜多川さんに捕まえられ、抱き込まれるようにされる。こういう時の顔の彼は、碌でもないことをするって知っているのに。

「ッ」

 シャツの前のボタンを外される。けれども脱がされない。そのまま、相手の片手が腹へと伸ばされた。

「ちょ、喜多川、さん……!?」

「なんだよ?」

「だから、もういいって……!」

 静止しようとする自分の右腕が取られる。はっと相手の顔を見ればにんまりと笑う顔があった。

 そのまま、手首に唇を落とされた。

 顔が急激に熱くなっていくのを感じる。

「ッ」

「もう少し待ってな」

 ゆっくりと腹を撫でられる。いつもと違って、そういう意図を含まれたものだ。

 じわじわと熱を与えられるような手つきに低い体温の身体は素直に熱を持つ。

「ぅ、…………ッ」

 手が背中に回される。背骨の一つ一つをなぞる指先に腰が痺れるような感じがした。ふ、と息が漏れる音はどっちから聞こえたのかわからなくなっていく。

 身体中を探られるような手つきにだんだん吐息が上がっていった。

「ドム」

「ぁ、あ……?」

 名前を呼ばれて、枕に押し付けていた顔を少しだけ彼へと向ける。

「きもちいい、な?」

 注ぎ込まれるように耳元で話された単語が頭の中で踊る。気持ちいい。これが?ぞわぞわして、しびれるようで、それで、心臓が。ぎゅうって、握られたようになることが?

 でも喜多川さんがそう言うなら、たぶん、そうなのかもしれない。

「ひ、ッ~~!」

 びくびくと身体が勝手に前のめりになるように縮まる。意識した途端にばちばちと頭がスパークしたようだった。こんなの、ただ彼に言われただけなのに。

「あ、んん」

 つぷりと後孔に何かが入ってくる。多分、指だ。指が入っている。あの人の、指が。

 浅い場所を擽られるように弄られる。事前に馴らしていたそこは柔らかく形を変えていって、恥ずかしい。

「ん、ぅ~~っ……!」

 声を押し殺すために更に枕を強く顔に押し当てる。上手く酸素が取り入られないが、声を出すよりかは遥かにマシだった。

 ぐち、ぐち、と聞くに堪えない水音が部屋に響く。

「ドム」

「ん、ぁッ」

 するりと簡単に枕を取り上げられて、思わず取り返すために伸ばした腕をシーツに縫い付けられた。

「息止めんな」

 ぬぷとまた一本、いれられる。二つの指がナカを探るように動き回っている。

「あ、ぁ、ぅ、ンン、」

 背後に彼の気配を感じて、背筋に何かがぞわぞわと走っていく。

 ただそれだけなのに。敏感になっていくこの身体が恨めしい。ずっと弱火で炙られているような熱に頭が茹だりそうだ。

 こり、としこりのような物に触れられ、身体が電流を流されたように跳ねる。

 にやり、と相手が笑ったような気配がした。そこは駄目だと俺の頭が警鐘を鳴らす。今までよりも衝撃が大きい、快楽が、

「んぁ、ああぅ~~…………ッ!!!」

「ほら、気持ちいいな?」

 とんとんと軽くタップされるだけで脳の奥底までが痺れて溶けてしまうような錯覚がした。気持ちいい、と彼は言う。これも、気持ちいい、気持ちいい、きもちいい、と馬鹿になったように同じ言葉しか頭に浮かばない。こんなの知らない。こんな暴力のようなもの。

「も、ぅ、んッ、喜多川、さん、ぃいから……ァ……ッ!」

 もういれて、と強請りながらきゅう、と締め付けてしまう自分の身体に赤面する。でもこれ以上はむりだ、頭がおかしくなってしまう。放出できない熱に、下腹部も重い気がする。一人と、相手がいるのだと、こんなにも違うというのだろうか。

「まーだ」

「ひっ、ゃ」

 耳元で囁かれた言葉と吐息にぞわりと肌が粟立つ。まだ?まだ、って。そんな、の

「むり、む、ぅ、んん、ン、無理、だから…ゥ、あ、や」

 背中に唇が這う。リップ音を鳴らしながら動いていく度に高められた身体は勝手に反応していく。どうしよう、そんなとこもまで、気持ちよくなってしまったら。

 穴に入ってる指の本数はもう分からない。ぐっと拡げられたり、奥に入ったり、出たりしていてもう何が何だか分からなくなる。時々、しこりを挟まれて押されたりするから、尚更に。

 顔はもうぐちゃぐちゃで閉じれなくなってしまった口の端から涎が垂れた。視界はもうぼやけっぱなしで前が見えない。こんな顔見せられなくて必死にシーツに縋り付く。

 あ、あ、と意味の無い言葉を言うしか無くなった頃、漸く指が引き抜かれる。ずるり、と先程まで埋まっていたものが抜けて、物足りないような気持ちになって、恥ずかしくなる。

 喜多川さんに変にされた。

「ドム」

「ぅ、あ、ぁ?」

「ドミニク、大丈夫か?」

 体制をひっくり返されて、顔を腕で隠す。相手の言葉には必死に頷いて答える。

 彼の顔が見えないけれど、自分の今の顔を見られたくないから、仕方ない。

 それよりも早く、この熱を何とかしたくて。

「も、はやく……」

 す、と彼が動く音がして、心臓がまた早く動き始める。けれども、身構えた俺にやってきたのは痛みとかじゃなくて、口に何かが触れる音だった。

 え、と思うよりも早く、口の中に何かが入ってくる。これは知ってる、あの時と同じ、の。舌。

「ん、んゃ、ぅむ、ん」

 じゅる、だとか、ちゅ、だとかの音が頭に響いて仕方がない。頭が揺れる。舌が擦れる度にきゅうきゅうと腹が痺れて、片手でかり、と引っ掻いてしまう。でも、それでも収まらなくて。

 力が抜けた頃に舌が出ていって腕を下ろされる。

「わるいこ」

「ぁ、」

 意地悪く笑う喜多川さんに心臓がはねる。

「ず、るぃ、それ」

「はっはっは」

 腰を上げられて、ぐずぐずにされたソコに熱いものが当てられて、息を飲む。見ればいつの間にかスキンを付けている彼のソレがあって。勃ってる。いつ勃っていたんだろう。

「この体勢だと少し苦しいかもしんねえけど」

 彼の明るい茶色が細まる。

「ちゃんと見とけよ」

 あの時と同じ、言葉を言われる。のに、状況があまりにも違った。その言葉だけで俺の視線は固定される。相手の言うことを聞きすぎじゃないか、なんて言葉は外に出ることは無かった。

「ッッッ、んん、ぅう…………ッあ、ぐ」

 ずぷ、と入ってくる。自分のとは全然違う硬さと熱に喉を絞められたように苦しい。けれども痛みは何も無く、ただただそこは必死に飲み込もうとしていた。

 自分の中に入ってくるソレから、目を離したいのに離せない。信じられない光景に目が回りそうだった。

 どこまでも入ってきそうで、怖くてシーツを握る手に力を込める。

 硬い、日本人ってこんなにも硬くなるのか。知らない、知らなかった。

 入り込むたびに締め付けてしまって、どういうものなのかをまざまざと感じてしまう。

「動くぞ」

 その言葉の通り、ず、とゆっくりと引き抜かれて、また推し進められる。その繰り返しなのに体の奥底から気持ちいいのが込み上げてきて、変な声が口から出ていく。

「ぅ、あ、ぁ~…………!」

 突かれる度に痺れが衝撃へと変わっていく。あのしこりをすり潰されたり、先端で突かれたりもして、視界が白く染まっていった。

 嬌声を上げながら相手の名前を呼んで、大きすぎる快楽に首を横に振って。それでも。

「ぅう、ん、んん、」

「……どうした?」

 笑いながら律動を遅くした彼に悪態をつきたくなるが、じんわりと長い快感にのけぞる。それでもやっぱり。

「い、けな、ん、んァ、ッ」

 どんなに与えられても、一度も前を触られていないから達することが出来ない。ただただ蓄積するだけで、下腹部がずしりと重みを増していくような感覚に苦しくなる。

 目の前の男がそうしているのに、彼に縋ることしか出来なくなる。

「ああ、」

「あっ、ゃ、ン!」

「悪かったな」

 彼の手が俺の陰茎をゆるりと握り込む。先走りでしとどに濡れたそれは潤滑油とか何も要らなくてそのまま上下に動かせば痛みも何も感じず、ただ気持ちいいだけだった。

「ん、ぅ、う~~~ッ」

 手淫と一緒にまた中のものが動き始める。一緒にされて、頭がおかしくなりそうな程に気持ちいい。

 しこりと一緒に尿道を抉るように親指で擦られて思わず大きな声を出す。

「それっ、ぃやだッ」

「そうか?」

 嫌だと言ってもやめてくれなくて声が漏れていく。段々と高まっていく射精感に足の指が丸まって、腰が上がっていく。駄目、だ。もう。

「きたがわさ、も、むり、むり、ぁ、イ、」

「  」

 世界が遠くなっていくような気がして、喜多川さんが何かを言ったような気がするのに聞き取ることが出来ない。

 その次の瞬間には一番深く入ってきて、ぐり、と強く前を刺激されて、俺は達すると共にぷつん、と意識が落ちていった。




「…………、」

 怠さと共に目が覚める。

 布団が被さっていて、隣には喜多川さんがいた。

「ん、起きたか」

「…………疲れた」

「はっはっは」

 汚れていたはずの下半身は綺麗になっている。多分、喜多川さんがしたんだろうな、と思う。いつの間にか脱がされていた服も着ていたから。

「すみません……」

「んー?」

「気絶した……」

「謝るこたねぇよ」

 起きたばかりなのにまた、うつらうつらとしてくる。

「明日は何もねえんだろ?」

 それに頷けば、寝ちまえ、と言われる。その言葉に素直に目を閉じる。

「(明日、ちゃんといつも通りに出来るかな……)」

 翌日、腰の痛みに上手く動けない自分の姿を見た喜多川さんが笑った。