「流石にこの人数差だとちょっと不利かな、だから【切り札】を使わせて貰いますね」
ヨアンは優しく笑う。
「【切り札】、いや【ジョーカー】、お仕事だよ」
「あ!?」
ヨアンのその言葉に全てを理解する。そうか、このタイミングで、やれというのか。
この、皆が見ている中で。
ならば、仕方ない。
「……」
静かに、ロネルに足払いを仕掛ける。背後からの突然の攻撃に、ロネルはそのまま地面へとうつ伏せに倒れる。
すぐにその背中に乗り、彼の後頭部へと銃を突きつけた。
「……ッ!?」
「……悪ィなあ、ダニエル」
「なに?!」
「相棒!?」
他の二人の驚いた声が聞こえる。
それはそうだろう。突然、こんなことが起こっているのだから。
きっと、あの二人はこんなことが起きるとは思っていなかったのだろう。
俺も同じ立場だったらきっとそうだった。
「俺がジョーカーなんだわ」
「へぇ。…あの署長の考えも間違ってないですね。後で謝っておかなきゃ」
「―――後なんかねぇさ」
銃の安全装置を解除する。
「ここで、お前は俺に殺される。確実に殺せ、ってのがアイツからの命令なんでね。恨んで天国に逝きな」
「……ええ、恨みますよ」
「そうかい」
引き金を引く。
「……天にまします我らの父っつークソ野郎によろしく言っといてくれや」
「…あなたじゃなくて人間師を、ね」
「……!」
音は一つ。
彼の命は呆気なく、一つの凶弾に奪われる。
宙にたなびくのは細い紫煙。
「……」
じわりと、床に広がる赤色に、彼の死を再認識した。
彼は死んだ。
俺が殺した。
「哀れな王様、栄光の道を歩かんと邁進するその腸を道化師の凶刃が抉ってしまったね」
「この場合悪いのは誰だろう、マヌケな王様?裏切り者の道化師?無能な騎士?傍観者の女王?好きな相手を選べばいいさ。結果は変わらない」
ヨアンは好きにのたまった後、携帯を操作してどこかへと電話を掛ける。
「さあ、約束を守ってくれたからにはこちらも約束を守ろう—ああ、彼女は元気? ……そう、良かった。約束は守られたから無事に開放してあげてね。どうなったって?それは君等の知ることじゃないさ」
そう言ってヨアンは電話を切る。
「さて、これで君を縛るものは無くなった。後は好きにすればいい、人数もちょうどいい感じになったようだしね」
「……そうだな。好きにさせてもらうわ」
ゆらり、とロネルの身体から立ち上がり、ヨアン達を見る。
二人は、信じられないと言ったような目で俺を見ていた。
「―――人形劇はもう、終幕だ。お前の死によって幕を閉じる」
「……相棒、お前」
「お前の知る相棒はもうどこにもいねぇよ」
区切り、薄く笑う。
今ここにいるのは、お前達には見せなかった顔。
見せることはないと、根拠もなしに思っていた顔。
「お前達の知るドミニク・ブランドンは死んだ」
これは、袂を分かつ言葉だ。
「……どういうこと、ドミニク? ロネルさん? なんで、」
「—さぁ、起きる時間だ。君等をもっと先輩達に見せてあげるんだ」
アリス、マリアの人形の瞳がカタリ、と動き探索者達を捉える。
カチャ、カタ、カタカタ、カチャカタ、と抱き合っていた二人は不規則な音を鳴らしながら俺達の方へと向きを変える。
そして口を開き、賛美歌のような歌部屋に響き渡らせる。
その声に呼応して部屋の至る箇所から声が響く。
これは、他の人形たちか。
「他の子達も反応しちゃっていますけど気にしないでください。今回先輩達に見せたいのはこの親子だけです、無粋な真似をしなければ『皆』を使うことはありませんよ」
ヨアンがいつもの笑顔で言う。
「人形師は人形を作り、扱う。だけど人間師は人間を造り、扱う。何百年も人間を使い続けてきた先代達は自らの作品に魂を込めることが可能な粋へと達した」
「生きているかのようではなく生きている、それは元来の姿よりも他者の心を揺り動かす。それが人間師の粋」
「是非彼女達の姿を目に、記憶に、そして魂に焼き付けてあげてください」
アリスとマリアだったものは、歌い終わるのと同時に全身の糸が狂ったかのようにうなだれ、不気味な動きをしながら俺達へと歩み寄る。
感じるのは静かな殺気。
人間のように生きている人形達に、心の中で人間師の技術に賞賛を送る。
だからこそ、ここでこの業を途絶えさせなければならない。
「話はあとだ」
「……」
「聞きたいことがごまんとある。だから、先に」
「俺たちで、カタをつけよう」
そう言って、ヒューイは拳を握る。
「……ま、この現状から考えりゃ、協力するのが妥当だろうな」
「…………」
あとで話ができればいいけどな、とは口には出さない。
さあ、この巫山戯た人形劇のクライマックスが始まる。
「―――ちゃんと心臓狙わないと俺は死にませんよ?」
ヨアンは変わらずに笑う。
「……わざわざ丁寧にどうも」
銃を彼の胸へと突きつける。
「先に地獄に逝っててくれや」
「…………後で逢おうぜ、今代の人間師」
ばきゅん。